「あれ?」
雨の中、イネスに買い物を頼まれ町を歩いているとヒスイの姿を見かけた。…やや灰色の掛かった黒色の髪に、あの服装。間違いなくヒスイだ。
だが彼は、雨は激しさを増してるというのに傘をさすことなく道の隅で呆然と何かを眺めていた。
「ヒスイ?」
近づいて、名前を呼んで見た。
…が、彼から応答は無い。不思議に思い肩を揺さぶった。
「ヒスイ、ねえ。ヒスイ」
揺さぶった事により彼は漸くシングの存在に気付いた。
…薄紫の瞳が、据わったような表情を放っている。…気の所為、ではないと思う。普段より明らかに元気が無い。
「何してるの?風邪引くよ」
持っていた傘の中に入れて上げようとした所で――。

「シン、グ…っ……」

――ヒスイが、抱き着いてきた。

…いや、抱き着くというよりは‘しがみつく’だろうか。俺の体を強く引っ張るヒスイの体は、震えている。
「…ヒスイ……?」
何が合ったのだろう。気になったところで、ふとヒスイが話し掛けるまで何かを見つめていた事を思い出した。それに答えがある筈だ。
彼が先程まで眺めていた路地に目線を動かす。

(あ…)
そして、気づいた。

――路地には紅い血を流して倒れている一匹の猫がいた。
…ぴくりとも動かないその猫は、かすり傷の様なモノは有るが大きな傷は無い。…ヒスイが回復術を掛けたのだろう。彼はコハクと同等の回復系思
念術を使う事が出来る。
「助けて…やれなかった…」
掠れたヒスイの声。
…多分、ヒスイがその猫を見つけた時には猫はまだ生きていたのだろう。彼は急いで回復術を使ったが――間に合わなかった。
…ヒスイは意地悪で口が悪いが、悪い人間ではないのだ。本当は優しくて思いやりのある人間――…。だから猫が死んでしまったのは自分に回
復術の腕が足りないからだと思っているに違いない。
そんな事は無いのだが、確かに今俺がヒスイと同じ立場だったらそう考えても可笑しくはない。
静かにヒスイの体を抱き締めた。ヒスイの頬に、雨と涙が混ざった雫が伝う。

「…お墓、作ってあげよう?」
問い掛けるとヒスイが小さく頷いた。
密着から離れ、傘を彼に預けてから猫の体を慎重に抱き上げる。
ヒスイの手に猫の体を渡し、傘を受けとった。そして雨の中、ヒスイの手を引いて町外れの草原まで歩く。
彼は俯いたまま何も言わなかった。
頬を伝う雨は傘の中に入れた今も止まらない。

「…此処が良いかな」
無我夢中に歩いていれば、丘へ到着した。
振り返りヒスイに問い掛けると彼は小さく頷き、地面にしゃがむと土を掘り出した。
手伝おうと傘をほおって2人で穴を掘る。
雨によってぬかるんだ地面のお陰で大分土が掘りやすかった。
爪の中に土が詰っても2人で我武者羅に掘り続け、調度良い大きさになった所で猫の遺体を収容する。
なかなか土を被せないヒスイに代わって、シングが猫に土を被せた。

「…シング……」
「…何?」
土を被せながら声を反すと、ヒスイが雨の音に掻き消されそうな程小さく呟いた。

「…ありがとう…」
背中にもたれ掛かって来るヒスイに、相変わらず何時もの様な元気さは無い。
「…どういたしまして」
土を被せ終え、軽く黙祷した後に、ヒスイを抱きしめた。



*悲しみに、溺れてしまえ
(それで君が楽になるのなら、僕はずっと傍に居るよ)







10-01,15



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