※時期→マリンを助けてシャルロウの屋敷に送っていった後





「待って、」
水上都市シャルロウの市民区に建つマリンの屋敷。
次の目的地、ユーライオに向かおうと屋敷を出ようとした瞬間、呼び止められたのは意外にも俺だった。
華奢な指がヒスイの服の裾を掴む。行かないでという縋る瞳がこちらを見ている。
「…なんだよ」
振り払う事は容易だったが、何故かそうしてはいけない気がした。
こちらを見上げるマリンは俺が静止した事に安堵した後に、慌てて手を離す。
「…失礼しました。私、貴方にはしたないことを」
「いや、別に」
貴族ってのは些細な事でも‘無礼’に感じるのだろうか。俺なら絶対耐えれないなと思う半面、この女性はどれだけのモノに堪えてきたのだろうと
想像し、身震いする。
きっと山育ちの俺やコハクみたいな奴が安易に想像出来ないくらい、辛く、窮屈な檻と躾に見舞われたに違いない。
歳はコハクに近そうなのに、逆に悲しく感じてしまう。
コハクは俺が過保護気味に育ててきた。彼女がしたいと言った事はさせてきたし、どんな事からも俺が守ってきた。
だけどこの女性は、マリンは、生まれた時から絶え間無い教育と躾に、自身の本質を押し潰されてしまっている。そんな気がする。

「こんな事を言うのも失礼なんでしょうが…」
マリンは一瞬躊躇った顔をして、それから俺の瞳を哀(いと)しげに見た。
「貴方とは、近いモノを感じます」
「…俺が?」
憂いを帯びたマリンの瞳が、優しく、微笑する。
――シングがスピルーンを正したお陰か、笑わないと言われていたマリンも少しは笑うようになったみたいだ。
彼女は慈しみの笑顔を浮かべた。
「貴方も今、孤独なのではないでしょうか」
…俺が、孤独?
馬鹿馬鹿しい。そう思う半面、そうかもしれないと唇を噛む自分が居る。
コハクのスピルーンを割ったのはあいつ。だけどコハクが信じたのもあいつだ。

俺はあの輪の中で、確かに孤独を感じていたのかもしれない。
ベリルは元からシングに気があるみたいだし、イネスは俺の事を気にかけつつもシングとコハク、そしてベリルの行く末を楽しげに見ている。
妹のコハクが居なくなったら、俺から離れていったら。
その時、俺はマリンが言う通り孤独になるのだろう。…今、そうなりかけているが。



「ヒスイー?」
「グフフ、早くしないと筆でベタベタにするよ〜?」
遠くから、シング達の声が聞こえる。
「…マリン」
「お気をつけて。ヒスイ」
彼女は最後に優しく、そして儚気に笑った。



*孤独のスピルーン
(引かれてしまった、貴方の孤独に)







10-01,25



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