気付いた時には遅かった。弓を射る手はぼろぼろで、血に染まったぬかるんだ地面が足の自由を奪う。
そして、背後に忍び寄る敵に背中から剣を突き刺された。喉の奥から血が逆流してくる。口から紅を吐いて倒れた。

ああ、此処で終わるのか。

戦場を駆け回る魔物と人間を見ながら、ぼんやりと思った。思った以上に深手の様で上手く息が出来ない。
周りを見回すと、自分の隊の人間は全て息絶えていた。俺も今からああなるのか。
せめて最後にキャナリと笑い合いたかった。あの純粋に強い騎士の女と。


不意に、此方に向かって歩いてくる足が見えた。間違い無い、あれは。

「シュヴァーン」
「…た、い…ちょう」

幾重もの返り血を浴びたアレクセイだった。ああ、この人の顔を見るのもこれが最期なのだろうな。
朦朧とすり意識の中で見たのは、テムザ山の荒野とけたましい戦いの音。
そして――不適に笑うアレクセイ隊長の顔だった。


「大丈夫だよ、シュヴァーン。
…お前は死なせなどしないから」

何故だろう。
アレクセイは自分を慰めてくれているに違いないのに、その言葉に悪寒が走る。
そうして俺の視界は完全にブラックアウトした。





※※※



「…嘘、だろ」

起きてからの第一声はそれだった。
俺は明らかに助からない程の血を流したのに、それなのに何故。
何で俺は生きているんだ。
体に巻かれた包帯とにらめっこをしながら思った。此処はどう考えても天国ではない。かといって地獄でもなく―――そう、下界だ。


「気がついたか」

気がつくと隣でアレクセイが微笑んでいた。その微笑みに温もりは無い。冷ややかな瞳が仮面の笑いを浮かべている。

「隊長…俺、どうして」
「あの時。あの場所で生きているのは君しか居なかった。理由はそれだけだよ」

アレクセイはそう言って、体に巻いていた包帯を解いた。…目が点になる。
左胸には、紅い秘宝が埋まっていた。人の血の様にドロドロとした紅い玉。…魔導器だ。


「お前は魔導器で生命を繋いだ。
――これからは私の道具だ」

胸に埋まった魔導器をなぞる指に悪寒が走る。…この人の冷ややかな瞳の意味を今漸く理解した。


「キャナリは?」
「キャナリ…、ああ。アイツか。
お前が倒れた直ぐ後に死んだよ」

死んだ。その言葉に絶望に突き落とされた気がした。
彼女は、愛した女はもう居ない。ああ何て冷たい世界。視界の全てが黒く塗りつぶされて視える。


「何も考えなくていい」

お前は私の道具なのだから。


その言葉は俺を深い絶望の深海に突き落とす。



*俺が此処に居た理由は、
(なんだったのだろう?)



08-09.04



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