「うわ…最悪……」

リタは目の前で異臭を放つ‘ソレ’を見つめながら言った。
今日の料理当番はリタだ。
ハンバーグを作ろうとはしてみたものの…かなり杜撰な結果になってしまった。

「どうしよ…作り直す暇無いし…」
頭を悩ませていると、ジュディスが顔を覗かせた。目の前の杜撰なハンバーグとリタの表情を照らし合わせて、くすりと笑う。
「失敗、かしら?」
「…ジュディス……」
リタの瞳は半泣きだ。失敗したのが余程ショックだったらしい。
「ハンバーグよね。…ちょっとだけ油が足りなかったみたいね。後、叩きも弱かったのかも」
「ねぇジュディス、あたしどうすれば良いと思う?作り直す暇なんて無いし、こんなの出したら絶対おっさんとかに笑われるし……」
「あのね、リタ」
意味深にジュディスが笑った。思わず見入ってしまう。彼女は笑ってはいるものの何処となく真剣そうに言った。
「リタは頑張ってこのハンバーグを作ったんでしょう?だったら作り直す必要なんてないわ。これがリタの頑張りの証なんだから」
彼女は尚も言葉を続ける。
「もし貴方の頑張りを笑う人が居るのなら、その人は心が荒んでいるのよ。
それに、私は美味しそうだと思うわ」
「ジュディス…!ありがとう……」
リタが笑顔で笑った。どう致しましてと言わんばかりにジュディスもまた綺麗に微笑む。
「少し手伝うわ。何かある?」
「じゃあ…」
リタに言われた事を、ジュディスはてきぱきとこなしていった。
このヤバい色をしたハンバーグを出すのは流石に心配だが、ジュディスがあそこまで元気づけてくれたのだ。彼女を裏切る訳にはいかない。

「じゃ、夕食にしましょう。みんなを呼んで来るわね」
「あ…うん」
やっぱり心配だ。…けれど、ジュディスの言葉を信じる事にした。
ジュディスがみんなを呼び回っている。…冷や汗が出て来た。

(そうは言ってもなぁ…)
絶対笑われる。主に特に絶対にあのおっさんやカロルに!!
頭を抱えながらリタはその場に座り込んだ。






そして。案の定嫌な予感は当たった。

「ちょっとぉ。リタっち。
これは無いんじゃない?流石に」

初めにレイブンがケチを付けてきた。次にやっぱりカロルだ。

「うん。僕もこれはちょっと…」

予感通りの反応過ぎて逆に笑えて来た。
ユーリは一口だけ口に運んで、…後は全く手を付けずに前菜ばかり食べている。

「わ、私は食べますよ」
エステルが笑ってハンバーグを口に運んだ。……笑顔が真っ青になっていくのが分かる。
そんな中でジュディスだけが何事も無かった様にハンバーグを口に入れていた。…本当は不味い筈なのに。何だか涙が溢れて来た。

「良い、全部あたしが食べるから」
そう言って席を立った。何処に行くのかとユーリに訪ねられ、即座に答える。
「まともなご飯食べたいんでしょ?そんなに言うなら、別の作ってくるわよ!」
「あ…待って、リタ!!」
エステルが彼女を呼び止めるが、彼女は何処かに走り去ってしまった。走り去る彼女の瞳には…雫が光っている。
リタの姿が見えなくなってから、ジュディスが席を立った。皿に合ったハンバーグは一欠片も残っていない。

「おいおいジュディスちゃん…。
よく食べれたね…アレ」
レイブンの言葉にジュディスが男を静かに睨んだ。…彼女が溜め息を吐く。

「あなた、最低ね」
ジュディスが言い放った言葉に、レイブンが硬直するのが分かった。だがジュディスは言葉を続ける。
「リタは一生懸命ハンバーグを作ってたのよ?普段料理をしない子なのに…それでも貴方達に少しでも良い物を食べて欲しいと無理して頑張って
……。
それを認めずに唯馬鹿にするなんて、最低だわ」

ジュディスはそう言って、リタを追い掛け走り出した。リタとジュディスが居なくなったテーブルはしんとしている。
…確かに、ジュディスの言う通りだ。自分達は頑張ってくれたリタの努力を認めずに、唯馬鹿にしているだけだった。
きっとリタは傷ついただろう。…沈黙だけが残った。


※※※


リタは浜辺で膝を抱え、座っていた。
「リタ」
ジュディスがリタを呼ぶが、彼女は顔を伏せたまま振り返らない。そっと彼女の隣に腰を下ろした。表情は顔を伏せているので分からないが、恐らく
は泣いているのだろう。
「…やっぱり馬鹿にされた」
リタがぽつりと呟いた。ジュディスが頭を撫でながら言う。
「言ったでしょう?人の努力を馬鹿にする人は心が荒んでいる、と」
「でも…!!」
彼女が勢いよく顔を上げた。…やっぱり泣いていた様だ。頬に涙の跡が残っているのに、それでも瞳からは止めど無く涙が溢れている。彼女は言
葉を続けた。
「ジュディスだって不味かったでしょ?あんな色したハンバーグなのに…」
すると、ジュディスがにっこりと笑った。彼女はリタの目を見ながら言う。
「味とかは関係無いの。貴方の頑張りが詰まったハンバーグだったのだから、とても美味しかったわ」
「…ジュディス……」
リタがジュディスに飛び付いた。彼女は先程よりも泣いている様だ。ジュディスはそんな彼女を優しく撫でてやった。


彼女が落ち着いてから、ジュディスはもう一度リタの目を見ながら優しく言う。
「戻りましょう、リタ」
「…え……でも…」
止めど無く溢れる涙を拭いながら、リタが動揺した顔をみせた。…当たり前か。

「大丈夫よ、私も居るから。…ね?」
リタの返事を聞く前に、ジュディスは彼女の手を引き立ち上がった。

「ちょ…ちょっと!!」 
リタが反抗するが、それも全部無視だ。
ジュディスは「良いから」と繰り返しながら、結局はリタをユーリ達の所に連れて行った。…ジュディスが此方を向いてにっこりと微笑むので、思わず
ユーリ達の方を見る。


「あ、リタ。おかえりなさい」
初めにエステルが声を掛けた右手に持つフォークには…リタの作ったハンバーグが刺さっている。
「おかえり。さっきは悪かったな」
続けてユーリが言った。彼の皿に既にハンバーグは残っていない。
「おかえりぃ!リタっち!意外と美味かったぜ」
「おかえり、リタ。わりと美味しいよ」
続けてレイブンとカロルが笑う。…ジュディスも微笑んでる。皆、自分に気遣ってるのがよく分かった。
けれど素直にはなれずに、俯きながら呟く。


「…バカっぽい」
「馬鹿で良いよ。リタが頑張って作ってくれたのと、美味いのは本当だから」

ユーリがそう言って笑った。
…本当、馬鹿みたい。皆してそんな不味いハンバーグを食べるなんて……。



「ホントに…馬鹿じゃ…ないの…?」
「リタ…」

――気付いたら涙が零れてた。
拭っても止めれない。その場に座り込むと、ジュディスが笑って手を貸してくれた。




「ほら、大丈夫だったでしょう?」
「そうね…」

ジュディスの言葉にリタもまた笑う。
それは涙を含んだ、満面の笑顔だった。





*誰かが認めなくても、私は貴方を




筆記日不明



Back