旅の途中、偶々ウィンドルの王都バロニアで一夜を過ごす事になったのだが、なかなか眠れないパスカルは宿を飛び出しアスベルとマリクの噂を
していたバーテンダー‘タクティクス’に足を運んだ。
静まり返った深夜のバーには、前に見かけたマスターがグラスを磨きながら誰かと会話しており、その誰かを彼女は知っていた。

「教官」

肩を叩き、無断で横の席に座る。
グラスを手に持った男――マリクが隣に座った彼女を見た。
「教官も眠れないの?」
「それはお前だろう。俺は付き合いだ」
マリクはバーに関する知識も有るみたいで、前にも忙しそうにしていたマスターを手伝ったり自らバーに立ったりしていた。付き合いというのはマス
ターと積る話でもしていたのだろう。
唯パスカルの興味は既に彼が此処に居た理由から彼が持つグラスの中に注がれたワインに向けられており、彼女はふぅんと軽く話しを流して、次
の質問を口にした。
「それ何のお酒?」
マリクの持つグラスの中には綺麗な赤い液体の中に氷の様なものが浮かんでいる。
ワインで間違い無いと思うが、酒に関する知識を彼女は持ち合わせていない。
「飲むか?」
苦笑したマリクが目の前に置かれたグラスに、自ら酒を注いだ。
バーの経営を任されるだけは有り、手馴れた造作だ。
注がれる赤い液体に目を光らせたパスカルが、グラスに注がれたワインに口を付けようとする。

「こら、」
それを教官が寸でで抑止した。
「ワインには飲み方が有るんだ。香りが立つ様にグラスを少しだけ揺らして…」
「飲めれば良いじゃん?」
「駄目だ」
マリクが彼女の手からグラスを没収した。
ああっと目を開ける彼女の横で、マリクはグラスを少しだけ揺らし中のワインを掻き混ぜる。
パスカルの方にまで微かにワインの香りがした所で、彼は本来パスカルのものであるワインに口を付けた。
一口、ワインを口に含んだ彼が「よし」と呟きパスカルにグラスを押し返す(何が「よし」なのかパスカルにはさっぱり分からない)。

「飲んでいいぞ」
付き返されたグラスを、パスカルは受け取る事が出来なかった。
「…教官、今飲んだよね?」
「嫌か」
「嫌じゃないけど、」
彼は時折パスカルをも凌駕する事を平然と行う。
今のもそうだ。間接キスとかそういう事をこの人は考えないんだろうか。
渋々グラスを受け取り、此方を見るマリクの前でパスカルはワインを口に運んだ。



*反則技

(…これ、ホントに何のお酒?)

(俺の自家製マーボーカレースープだ)

(……)



10-03,30




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