!でいぶいなマリパス(どうしてそうなった







殴られる度に思うのだ。
どうしてこの人はこうなのだろうと。


自身の戒めと呪詛を、力にしか変換出来なかった哀れな人だ。
そうして彼女が嘔吐しながら遅れてやってくる痛みに身を埋めていれば、男は服を掴み上げ、床に体を叩きつける。
繰り返されてきた事だ。
但し、同じ事の繰り返しと言えど、慣れる様な痛みではない。男と女の力量には天と地程の溝が有る。
「いた、い…よ……」
彼女がぽつりと呟けども、男の表情は変わらない。無表情に彼女に怒りを押し付けるだけ。
「俺が居ない間に、誰に会っていた」
束縛彼氏。ってのはこういう事に違いないんだろう、と彼女は思う。
彼の気が向いた時に逢えなかったり連絡が出来なかったりすれば、直ぐに‘これ’なのだ。
血の滲んだ唇で、肩を震わせながら呟いた。
「…ソフィが、会いに来ただけ…だよ…?」
目を合わせたくはない。どうせその瞳は凍りついた表情だ。
唇を噛み締めながら彼女が呟けば、それが不快に感じたらしい男が又攻撃を繰り返す。
同じ様な暴行を繰り返され、乱れた髪を更に乱し、そして最後に背中に爪痕を残す。
男が振り下ろした右手が痣になった傷痕を殴りつける。塞がりだして居た傷が熱を帯び、痛みだす。
「うあぁあっ…!!」
悲鳴を上げて男を突き飛ばせば。
それでやっと彼は目を覚ますのだ。

「もうやだ…!教官、別れよう…。…もうやだよ……」
全ての怒りをあたしに押し付けないで。その怒りを暴力に変換しないで。
一生分の涙を流しながら叫べば、正気に戻った彼が目の色を変えて動揺する。
彼女を右手で涙を拭い、彼女の首を絞めた左手で弱った体を抱き締めた。
「すまない。パスカル。…本当にすまない……」
モウシナイカラ。この後に続く言葉は何時もこれなのだ。
そしてあたしは何時もその言葉に騙される。
結末は見えてるのに、暴力に依存した男が簡単に止めれる筈が無いと知っているのに。あたしは気付かない内に彼の説得に頷いている。



――有る晩。
首を絞められ、今度こそ別れてやると叫んだら。男は涙を浮かべて土下座をした。
今度こそ大丈夫だろうと思って許した。

――有る晩。
部屋に散乱する本を投げられ、殴られて、もう嫌だと逃げ出したら男は必死になってあたしを探し、ごめんとあたしが泣き止むまで謝り続けてきた。
今度こそ信じられると思って許した。



傷つき、別れると叫ぶ度、彼はそれを必死になって止めるのだ。
そしてあたしは暴力を止めた瞬間の彼の優しさが‘本当の彼’だと妄信し、結局抜け出せないループの輪に滞在する。



だからこそ、あたしは殴られる度に思うのだ。
あたしがこの人を愛することをやめない限り、逃げる事は出来ないのだ、と。


何時か、あたしはこの人に殺されてしまうのだろう。と。



*D.S.



10-04,17


*補足*
D.S.→音楽記号。セーニョマークに戻るという意味。
※→セーニョマーク。




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