※私が認知しているシンデレラの脚本なので、多少皆さんの認知してるシンデレラとは違うかもしれません。



「舞台‘パスカレラ’。はじまり、はじまり」
脚本片手にナレーションを始めたアスベルの声と、観客の拍手により、舞台の幕が開かれた。
舞台上に座るパスカル(兼パスカレラ)は、苛々した演技を見せるシェリア(兼継母)の傍で床磨きの演技をしている。
「私の名前はパスカレラ。彼女の家は裕福では有りませんでしたが幸せな生活をしていました。
ところがある日突然、優しかった母親は死に、父親は再婚新しい女の人と再婚したのです」
お、パスカル。意外と真面目に演技してるじゃねえか。アスベルは思わず関心してしまった。
前回のシェリ雪姫のふざけ様からすれば今回もそのテンションで行くのかと思ったが、流石に主役となれば自重という言葉も考えるのだろうか。

「パスカレラ、私とソフィの部屋のお掃除もしっかりするのよ!」
「は、はい…」
…いや、違う。パスカルは真面目に演技をしてる訳じゃない。
気合の入ったシェリア母の演技に、流石のパスカルも真面目に演技をするしかないみたいだ。
彼女の気合でパスカルのノリは抑えられたというところか。
苦笑しながら彼は解説を挟む。
「パスカレラの父親が再婚した女の人は、継母シェリアでした。
後に父親も死んでしまい、パスカレラは継母シェリアの言いなりになるしかなかったのです」

そんなシェリアの横で優雅にお茶を飲むソフィ(兼意地悪な姉)は、アスベルの先程のナレーションの後に床に置いてあるバケツを足でひっくり返し
パスカレラに水を掛けるという「これは流石に酷いわよねえ」とシェリアが呟く演技が有ったのだが…ソフィは上手く出来るだろうか。
心配になったアスベルがちらりと舞台を盗み見てみれば、案の定彼女は誤ってシェリアの衣装に水を掛けてしまった。
「あ」
これには観客もしんとなった。
舞台裏で待機しているヒューバートとマリクの二人も苦笑を隠せない。

慌ててバケツを戻そうとするソフィは手に持っているお茶を忘れていた。
カップが床に落ちた。そこまでは想定内だから良いのだ。


問題はカップの中に入っていたお茶がシェリアの顔面にヒットしたことにある。

(あーあ…)
舞台下手のアスベルも苦笑するしかなかった。
手助けに何か喋った方が良いだろうか。アスベルが声を上げようとすると、アドリブでシェリアが喋り出した。
「い、いいのよソフィ。貴方は少しドジなところがあるから、この位仕方ないわ」
「ごめんなさい」
これじゃあ普段と大して変わらないぞ。
苦笑を戻せないままアスベルはシェリアの言葉をフォローすべく説明を挟んだ。
「継母シェリアの娘ソフィは、多少ドジなところがあるのです。
しかしシェリアは彼女のドジを許し、逆にパスカレラの失敗は許しませんでした」

「私は着替えてきますから、パスカレラ、貴方が床を掃除しておきなさい」
「分っかりましたー」
舞台(というかシェリアの本気っぷり)に慣れたのか、パスカルは何時もと変わらぬおどけた返事を返した。
舞台の端、アスベルの傍に立つシェリアと目が合う。ありがとうという口パクが見えた為、アスベルは軽く頷いて答えた。
次いで座ったままのパスカルとも目が合うが、彼女は舌を出して軽くおどけて見せた。
この状況でも舞台を楽しめているらしい。相当変わり者だ。元からだったが。
「パスカレラは継母シェリア姉ソフィに意地悪をされても、何時も持ち前の明るさから笑顔で居ました」
何とか話の筋を修正できた筈だ。ほっと胸を撫で下ろす。

舞台中央で床磨きをするパスカルを上手く避け、舞台の端に居るシェリアに近づいたソフィが口を開いた。
「お母様。今日はお城でパーティーが有ります」
「まあ、そうでしたわ」
手に持つ豪華な装飾の扇子を仰ぐシェリアは、中央で床を磨くパスカレラを見た。
「いいこと、私達は今からパーティーに行きます。貴方は留守番をしていなさい」
「分っかりましたー!」
おいおいパスカル。其処は少し落ち込んで喋るところだよ。
彼女の演技にも不安を感じたが、とにかく今は流すことにした。

「継母シェリアと姉ソフィは、パスカレラを家に残してお城に出かけてしまいました」
ところでシェリアは塗れたドレスや顔をどうするのだろう。顔はまだ拭けばどうにかなるが、ドレスは流石にまずいんじゃないか。
心配を他所にパスカルは演技を続けていく。


「ああっ、私にも素敵なドレスがあったらー!!」
「――その願い、叶えます!」
両手を祈るように組んだパスカルの前に、問題の魔女役ヒューバートが颯爽と現れた。
(バレてないバレてないバレてない…)
そんなヒューバートの心の中は、自分がストラタの軍人である事を悟られないことで精一杯だ。

「あ、あれってシェリ雪姫の時に出てきたノリノリの王妃じゃね?」
誰かの声が聞こえて来る。恐らく、前の劇も見に来てくれた人なのだろう。
それにしても王妃役のヒューバートだけは覚えられているとは、どれだけ強烈な印象だったのだ。ヒューバート。

「貴方はだーぁれっ?!」
「私は魔女です。貴方がパーティーに行きたいと思うなら、その服をドレスに替えてさしあげましょう!」
ヒューバートの声と同時に舞台の照明が落ちた。
一度か二度練習していたパスカルは手早く来ていた衣装を脱ぎ、舞台裏で待機していたマリクから衣装を受け取り、それを手早く着替える(照明を
落としてるとは言え人前で堂々と着替えれるパスカルしかある意味シンデレラの役は出来ないのかもしれない)。
彼女の衣装着が完成したところで、舞台裏に待機する作家の男が照明を入れた。
「まあ素敵っ!」
パスカルの表情は一層明るいものに変わり、彼女はヒューバートの体に飛びついた。
「ありがとう!魔女さんっ!!」
パスカルに抱き締められたヒューバートは、硬直状態という感じだった。
彼女の体は直ぐに離れたが、ヒューバートはかなり動揺している様だ。
「か、かかかカボチャの馬車も出してあげましょう!」
色々台詞飛んでないか?
舞台裏のシェリアとソフィが目を合わせて苦笑しながら、ダンボールで作られたカボチャの馬車を押し出した。
「ありがとう!魔女さん!!」
「いいですか。12時に魔法は解けてしまいます。12時までには帰ってくるのですよ」
そうして幕は閉じていった。第二幕のはじまりだ。

セッティングが変えられ、舞台はお城の中となった。
無論シェリアとソフィも居るが、シェリアはよく考えたものだ。
濡れた場所が幸いにもドレスの下の部分だった為、ハサミで濡れた部分を切ってドレスの丈を短くしていた。
それに合わせソフィのドレスも丈が短くなっている。
「お城には、ちょっと老けてるけどかっこいい王子様が居ました」
この台本、どんだけ的を射てるんだ。読みながら苦笑した。
「王子様。私と一曲踊ってくださいませ」
短いドレスをひらひらさせながら、シェリアが中央に用意された椅子に座るマリク(兼王子様)に跪いた。
「すまないが、今はそんな気分ではないんだ」
マリクは軽くシェリアをかわす。と言っても台本通りの動きなのだが。
ソフィも同じ様にマリクにお願いし、そして断られた。

此処からパスカルが登場し、マリク王子は自らパスカルにダンスを申し込むという段取りなのだが…。

どうしてそうなったのだろう。走ってきたパスカルのドレスの丈も短くなっていた。
いやいや可笑しいだろ。ヒューバート(魔女)の出したドレスは丈が長かったんだから。

「あ、王子様だー!」
「…これはまた元気なお嬢さんだな」
アドリブでパスカルを会話を交わす教官。流石役者暦のある男としか言い様が無い。
「お名前を教えていただきたい。…それと、一曲踊っていただけますか?」
「いいよっ!私はパスカレラ!」
差し出されたマリクの手を、パスカルは握り返した。
そのシーン中、舞台の隅ではシェリアとソフィが悔しそうな演技を見せるのだが…シェリア、その演技は活が入り過ぎだろう…。
彼女は地団駄を踏みながら今にも武器であるナイフを投げそうなポーズをしていた。ソフィはシェリアの真似をし、地団駄を踏んでいる。怖すぎる、
あの2人(あれが世間で言う‘ヤンデレ’なんだろうか)。

そうして幕が閉じ、第三幕へ入った。
この場面に登場するのはマリクとパスカルの2人(+アスベル)だ。
「楽しく踊り明かした2人でしたが、魔女に忠告された12時が近づいていました」
「大変!帰らなくちゃ!!」
舞台下手へ向かい、パスカルは走り出す。それをマリクが追いかけた。
「待ってくれ!パスカレラ!!」
それにしてもマリクの演技は何時見ても活が入っている(シェリアとは違う意味で)。
パスカルはわざとらしく右足の靴を脱ぎ捨て、舞台下手に走って消えていった。

「パスカレラあぁあっ…」
泣き真似をする王子様(40)は、パスカルがわざとらしく脱ぎ捨てていったガラスの靴に気付き、それを拾い上げた。
第三幕も無事(?)に終わり、残すところはあと一幕だ。
深呼吸したアスベルが、舞台が開いた瞬間口を開いた。

「数日後。王子様はパスカレラが落としたガラスの靴にぴったり足が嵌る人間を探していました。
そして王子様は、パスカレラ達の家にやってきたのです」

「私はこの靴に足が嵌る女性を探しています。試して下さいませんか?」
「勿論!」
最初にシェリアが足を嵌めた。
パスカルの足のサイズとシェリアの足のサイズは違う為、当然靴は当てはまらない。
シェリアは演技とは言え必死にガラスの靴に足を嵌めようとしていた。…なんだかシェリア、この劇で随分気性の荒い性格になったな。
次いでソフィがガラスの靴に足を嵌める。逆にソフィはパスカルに比べて身長が低い為足のサイズも大きかった。…姉と妹という設定を考えれば、
パスカルとソフィは逆の方が良かったかもしれないが。
「貴方も違いますね」
この後、マリク王子(40)が舞台の隅に隠れるパスカレラを発見し、彼女にも靴を履いてもらう様申し出るのだが…何を間違えたのか、パスカレラ
の方から飛び出して来た。
「私も履きまーす!!」
「…あ、ああ。勿論良いよ」
マリクも大分動揺していたが、彼女にガラスの靴を差し出した。
パスカルはそれを難なく履きこなし、Vサインを作る。

「おお、貴方があの時のパスカレラですね!!」
「はい、王子様!」
パスカルとマリクはお互いに抱き合った(演技だよな、あれ)。
その横で悔しそうに地団駄を踏むシェリアとソフィの演技が、相変わらず怖い。

「…こうしてパスカレラとマリク王子は結婚し、2人で末永く暮らしたとか、暮らしてないとか」

凄くグダグタだった気がするのだが…何故かウケは良かった。
沢山の拍手の中で前回のシェリアとアスベルの様に、マリクとパスカルも又体制を戻せずに居る。



抱き合う2人に、シェリアが地団駄を踏みながら静かに近づいた。
「お、か、え、し」
語尾にハートが付く勢いでマリクにそっと囁いたシェリアが、彼の背中を地団駄を踏みながらど突く。
体制を崩したマリクがパスカルの方に体をよろめかせ――。


接触事故が起きたのは言うまでも無い。



*パスカレラ

(しぇ、シェリア…お前っ!!)

(教官だっておんなじ事したじゃないですかぁ)




10-03,31




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