「おはよう、パスカル」
身支度を済ませ、部屋を出たシェリアは扉の直ぐ傍に立っていたパスカルに声を掛けた。だが何故かパスカルから明るい声が返って来ない。不思
議に思い首を傾げたシェリアの前に、パスカルは紙を突き出した。

「‘喉が痛くて声が出ない’…?」
パスカルが突き出した紙には、彼女の字で確かにそう書かれていた。症状を診て欲しくて私の部屋の前に居たのねとシェリアは納得し、紙から目
を離す。
「診てあげる、口を開いて?」
声を掛けるとパスカルが口を開けた。シェリアが下から彼女の喉を見上げる。
「…赤くなってるわね……」
どうやら風邪を拗らせてしまったみたいだ。そういえば先日、パスカルが辛そうに咳をしていた事をシェリアは思い出した。
「私が皆に事情を話しておくから、パスカルは部屋に戻って今日一日寝ていなさい。後から薬を持っていくわ」
「…」
パスカルは静かに頷き、シェリアに指示された通り部屋に戻って行った。素直に言う事を聞くという事は、よっぽど症状が重いのだろう。シェリアは
彼女が部屋に入った事を見届けてから、アスベル達を探し始めた。


※※※


シェリアに大人しく眠れと言われ、パスカルは言われた通りベッドに潜り布団を被った。暇だから本でも読もうと思ったが、生憎頭痛が収まらない。
頭の痛みと喉の腫れに苦悩していれば、何故か突然扉の開く音がした。
(あ)
弟君だ、とパスカルは声に出そうとしたが、じりじりと痛む喉が発声を許さない。
バナナと薬を片手に部屋にやって来たヒューバートは、扉を閉めてパスカルの眠るベッドに近付いた。
「…パスカルさん?」
なに?と返す変わりに彼女は小首を傾げる。ヒューバートは一瞬不思議そうな顔をしたが、直ぐにああと呟いた。
「そういえば声が出ないんでしたね」
パスカルはうんうんと首を縦に振る。溜息を吐いたヒューバートが近くの椅子に座った。
「具合はどうです?」
平気、と言う変わりににこりと微笑むと、ヒューバートがまた溜息を零す。
「顔が引き攣ってますよ」
彼はそう言ってカプセル型の薬をパスカルの手に置いた。それを飲み込んだ彼女に、ヒューバートは更に机に置いてあった水入りのコップを手渡
す。
薬を飲み込んだところをちきんと見届けたヒューバートは、バナナの皮を剥いてポケットから果物ナイフを取り出した。
「病人には林檎だと思いますが…貴方はどうせこれじゃないと満足しませんよね」
そう言って果物ナイフで小さくバナナを刻むヒューバートに、近くに合った紙とペンでパスカルは文字を書く。

書けた紙の内、パスカルは一枚目をヒューバートに見せた。
‘ありがとう!’
「…どう致しまして」

すかさず二枚目を提示すれば、無邪気に笑うパスカルにヒューバートが顔を赤くして怒る。
‘あーんで食べさせてね!’
「自分で食べれば良いでしょう!!」

照れ隠しのヒューバートにパスカルは声こそ出ないものの、自然な笑いを浮かべた。



*ワガママな病人



10-04,20




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