「教官?」
止まないザヴェートの雪を見ていれば、不意に聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
振り返れば、予想通りと言うべきか…雪の世界に不釣り合いな赤い髪を靡かせるシェリアの姿が有る。
「何かお悩みですか?」
「悩み、か…」
悩んでいたのは確かだが、大した悩みではない。苦笑するとシェリアが何故か目を輝かせた。

「女の子の悩みですか?」
ああ、そうか。シェリアは恋の話に敏感なのだった。
苦笑が引き攣った笑みになり、溢れ出しそうな動揺を溜息で隠した。
「…どうしてそう思ったんだ?」
動揺を隠す為逆に質問を返せば、彼女は満面の笑みを浮かべて唇を動かす。
「だって教官、彼女のことばかり見ているもの」
…彼女、という単語に生唾を飲み込んだ。どうやらシェリアは前から俺の行動に目を付けていたみたいだ。俺が時折彼女の横顔を盗み見ていたの
も、シェリアにはお見通しと云う訳だ。
「良いんですか?ヒューバートに取られちゃいますよ?」
「…何のことだか分からんな」
惚けてみたが、それも図星だ。
ヒューバートが彼女に心を許してから、彼女は度々ヒューバートにちょっかいを掛けている。
対するヒューバートの方も満更では無い様で、鬱陶しい振りをしながらも彼女との時間を大切にしている様だった。
――女の扱いは慣れている筈だった。だがそれは向こうから寄って来る女性の扱いだけで、あの子の様な自由な女の子には、接し方が分からな
かった。それがヒューバートに彼女を取られてしまった原因だろうか。今ではうっすらと分かるが、既に意味はない。
少なくとも今、彼女はヒューバートを見ている。俺ではなく、彼を選んだのだ。

「そういうシェリアこそ、アイツとはどうなんだ?」
聞かれてばかりではつまらない。言い返せばシェリアの顔が途端に真っ赤になった。
「べ、別にアスベルとは何も…」
「アスベルとは言ってないんだがな」
返した言葉に、シェリアは髪の色と同じ位真っ赤な顔をしてこちらを睨んだ。
「アスベルは今何処に?」
罵声が来る前に質問をすれば、やり場の無い怒りに肩を震わせたシェリアが溜息を吐く。
「…ソフィと買い出しに行ってます」
「成る程な」
アスベルは罪な男だ。シェリアにもソフィにも気が有る振りを見せ、どちらも選ばないまま日々を過ごしている。それがシェリアの心をどれだけ不安
にしているか、彼は知る筈も無い。


「大変だな、シェリアも」
「教官こそ」
ぼんやり空を見上げながら呟いた言葉に、シェリアが答え、彼女もまた空を見上げた。
灰色の空は俺とシェリアの心の様だ。

相変わらず降り続ける雪の一粒に手を伸ばしたが、指を摺り抜け地面に落ちて行った。



*届かぬ幻想を求めるふたり





10-03,29




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