※サブイベント「シェリ雪姫」の後日の話。



「あ、ちょっと。君たち!!」

偶然ベラニックを通り掛かった際、一行を呼び止めたのは以前宿の舞台で白雪姫ならぬシェリ雪姫をやらせた作家の男だった。
(教官の陰謀による)接触事故を起こしたアスベルとシェリアには思い出したくない記憶の一つで合ったが、無視する訳にも行かず足を止める。
「実はこの前の劇が凄く人気でさ…またやって欲しいって言われたんだけど、どう?」
「どう、って言われても…」
目を逸らしたアスベルはシェリアと目が合い、慌てて視線を変えた。シェリアも同様に目線をずらし、アスベルを見ない様にしている。
「いいねー!もっかいやろーよ!」
空気を読まない発言はパスカルの十八番だ。
だが作家の男はパスカルの返事が全員の返答だと見取ったらしく、「そうですか」とにこにこしながら頷いた。
話が勝手にもう一度劇をする事になっているのは言うまでも無い。


宿屋の舞台裏に場所を変えた一行は、台本を1人1冊手渡された。
「今回はこの台本を演じて欲しいんだ」
――シンデレラと書かれた台本だ。これも又よく知られるお姫様物語の一つだが…。
「男は外で着替えてね」
前回同様、アスベル、ヒューバート、マリクの3人は舞台裏の外で着替える事となった。
当然シェリア、ソフィ、パスカルは中だ。

残された女性陣3人は用意された衣装をとりあえず漁ってみることにした。
「私…今回はお姫様、パス…」
シェリ雪姫のあれは(教官の陰湿な)事故だったのだが、流石に今回はアスベルも王子様を希望したりしないだろう。シェリアもそれは十分承知し
ていた。
下手にお姫様役を貰うより、どうせなら今回は思い切り演技のできる役が良い。彼女はそう感じていた。
「じゃああたしお姫様が良いー!」
意外にもパスカルが手を上げた。
きゃいきゃいと一人で騒ぐ彼女こそ今回も劇をやる破目になった元凶なのだが、彼女の性格の所為か憎む事が出来ない。
「ソフィは何がやりたい?」
念の為ソフィに聞けば、彼女は箱の中から1つの衣装を取り出した。
「これ」
「これって…ソフィ、貴方本当にこんな役で良いの?」
「うん。頑張る」
どうせならもっと良い役をやれば良いのにと思ったが、ソフィが良いと言うのだから良しにするしかない。
「…分かったわ。じゃあパスカル。貴方がお姫様ね」
「トロピカルやっほーい!」
シェリアは渋々頷き、そしてお姫様役をパスカルに託した。
余った最後の役をシェリアが選択し、3人は少し離れてそれぞれの衣装に着替える。

「ねえ、何で急にお姫様をやろうと思ったの?」
少し離れた所でお姫様のドレスに着替えるパスカルに、シェリアは問い掛けた。
「前のシェリアの演技見て楽しそうだったから!!」
「…楽しくないわよ?」
「楽しいよぉ。毒アップルグミとか」
気に入ったのはそこなのか。シェリアは苦笑した。
その少し後ろで着替えるソフィは一番早く着替えを終え、元々着ていた服を整頓し出す。
「まあソフィ、偉いのね」
それに比べてパスカルと来たら…。溜息を吐いたシェリアが、脱ぎ捨てたままのパスカルの服を整頓した。
「お、シェリア気がきくー!」
「どうせ貴方、整頓しないでしょう」
折角アンマルチア特有のグラデーションの掛かった綺麗な髪を持っているのだから、もっと女の子らしくすれば良いのに。
整頓したパスカルの服と自分の服をソフィの服の隣に置きながらシェリアは思った。


――同時刻、男性陣。
「俺、今回は王子様役…パス」
シェリアの思うとおり、アスベルは王子様役では無く無難な役を選択した。
「なんだ、やらんのか」
「やりませんよ」
アスベルは未だに教官があの事故を仕組んだと気付いていない。
…彼が自分を蹴った事(そしてその所為で接触事故が起きたこと)は知っているが、それは教官が何かに躓いたからだと思っているのだ。
「教官がやれば良いじゃないですか。王子様」
「俺は歳が行きすぎだ。ヒューバート。お前がやれ」
「僕も嫌です」
教官の犯行を被害者であるシェリアから聞いたヒューバートは、王子様役になる事を何より恐れていた。
彼の中では王子様役=マリク教官に無理矢理お姫様役と接触事故を起こされるという式が成り立っているのである。
だからこそヒューバートはマリク以外の人間が王子役をやる事も恐れていた。彼が脇役になると、何をし出すか分からない。
「なんだ、お前もパスか」
溜息を吐いたマリクが、衣装の詰まった箱から王子様役の服を取り出し、ヒューバートに押し付ける。
「やれ」
「嫌ですってば。教官がやれば良いでしょう」
ヒューバートはそれを両手で付き返した。軽い舌打ちをしたマリクは次にアスベルに王子役の服を押し付けるが、アスベルもまたマリクに押し返し
た。
「教官が似合うと思いますよ」
「お前達はそんなに俺に王子役をやらせたいのか」
ヒューバートとアスベルの肯定の声が重なった。…多数決を取ったところで、マリクが王子様役になるのは確定だ。彼は渋々王子役の服に着替え
出した。

「ヒューバートは何役だ?」
着替えを始めたマリクの後ろで、アスベルはヒューバートに問い掛ける。
「そりゃあ、余った役を…」
シンデレラの余り役といえば、どうせ継母辺りだろう。
シェリ雪姫で既に体験済みの彼に、最早恐れるモノは無かった。

筈だった。

「や、やっぱり交換して下さい教官!!」
「もう遅いぞ。ヒューバート」
既にマリクは王子の服に着替え終わっていた。
今更脱いで渡す訳にも行かない。必然的にヒューバートは余ったこの役になる。
「…どうしてこれが女性陣の役じゃないんですか」
「さあな?」
小首を傾げるアスベルの横で、ヒューバートは鼻を啜りながら衣装に着替えた。



Next





Back