※時期→幼少期
※クライヴ視点




待てと言われて止まる馬鹿が何処に居る。
俺はラクシュリを誘導し、廃墟に身を潜めることにした。手っ取り早く振り切るには建物の方が早い。
不意に視界の端に薄汚れたバケツが見えた。唇を緩ませ、それを後ろに蹴り飛ばす。
「しつけーよバーカ!!」
バケツの落下音と共に、男の悲鳴が聞こえる。悲鳴に紛れて物置のドアを開けると、俺はラクシュリを連れて物置の中に身を隠した。


…大丈夫。此処なら見つからない筈だ。
第一俺等が傍に隠れているなど頭の固い男には想像も付かないだろう。
「何処へ行きやがったぁ!!」
間近で男の怒号が聞こえた。一瞬見付かったのかと思ったが、まだ俺達を探している最中らしい。
大丈夫、大丈夫……。
緊張で顔が強張り、心音が早くなったが、それ以上に緊張しているのはラクシュリの様だった。怒号に軽く痙攣したラクシュリは怯えながら物置の
ドアを見つめている。
…俺が動揺すれば、ラクシュリも動揺する。
自分の動揺をなるべく隠し、俺はラクシュリの手を握った。


お互いの肩が何度も触れ合う。
握っていた手はいつの間にかラクシュリも握り返していた。

(…ラクシュリ)…俺が心音を高ぶらせているのは、緊張感からだけではない。この狭い空間にラクシュリと二人きりという、高揚。
俺自身、その気持ちをどうすれば良いか分からなかった。
唯ラクシュリとの関係が壊れるのは嫌だ。だからこの気持ちに蓋を閉め鍵を掛けた。
そんな抑制された感情が、今弾けそうになっている。
はやく…はやく行ってくれ…!!

…願いが通じたのか、男は別の場所を探しに遠ざかって行った。


静かに物置の扉を開け、物置の外に飛び出す。
「…大丈夫。居ないみたいだ」
確認してからラクシュリを手招きした。
物置に隠れたままだったラクシュリが顔を出し、物置から飛び出して来る――。
だが彼は物置から出る際に、収納されていたバケツを足で蹴ってしまった。
ガコン、と。バケツの転がる音は無音の廃墟に十分な程木霊した。

やばい。一瞬の内にそう思った俺は、頭より体が先に動いていた。
即座にラクシュリを抱き寄せ、近くに合った物影に飛び込む。
――直ぐに男が走ってこちらに駆け付けて来た。地獄耳野郎め。物影から見える男の足を睨んだ。
先程より強い緊張感に縛られる。
…らしくもない。手が震えていた。
だが俺よりラクシュリだ。泣きそうな顔で震える彼は小動物の様だった。

「…静かに」
耳打ちすれば、自然と抱き寄せる腕に力が入る。
俺が動揺しててどうする、と。心に何度も言い聞かせた。

それでもラクシュリの震えは収まらない。だから仕方無く彼の口元に手を当てた。殺気立った男に今見つかるのは限りなく危険だ。ラクシュリが声
を出したら危ない。

自身は唇をきつく噛み締め、一度離れたことで薄れていた高揚感を理性で押さえた。

腕の中で震えるラクシュリが愛おしい。
高揚感の答えは何時も此処だ。

俺はラクシュリを――…。






「…行ったみたい、だな」
諦めて去って行った男が見えなくなってから、俺はラクシュリへの思いを隠す為に、彼から離れた。
念の為慎重に辺りを調べるが男が戻って来る気配は無い。
「今度こそ大丈夫だ」
物影に隠れたままのラクシュリの手を俺は引っ張った。
ラクシュリはバケツを蹴ったことを反省しているのか、俯いたままだ。
お前の所為じゃない。そう言おうと思ったが言葉より手が早く動く。俺はラクシュリの頭を優しく撫でてやった。

「…クライヴ…」
ラクシュリが顔を上げる。

どきり、心臓の血流が一瞬だけ早くなった。

ラクシュリは何故か顔が真っ赤だった。
…まさかラクシュリも。
いいや、と首を横に振る。
そんなのは俺の都合のいい妄想だ。きっと狭い場所が息苦しかったのだろう。
念のため額に手を当てるが、熱は無い。
「顔赤いけど…熱は無いみたいだな」
ラクシュリに心臓の音が伝わらないか、緊張で頭がどうにかしそうだった。
どうにか優しい笑顔を向ければ、ラクシュリはまた俯いてしまう。

「…帰ろう、ラクシュリ」

俺はその時のラクシュリの表情を、見なかった振りをした。
顔を真っ赤にさせて俯いた表情。
その表情でさえ、愛おしい。




俺は、ラクシュリが好きだ。
だから失いたくない。

確信にも似た思いを抱いて、俺はラクシュリの手を引き歩き出した。



*リナリア・デュオ
(両思いだと、気付くのに後何年?)



10-08,17


例によって例の如くラクシュリ視点が有ります⇒リナリア




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