※エクサ視点




…揺らめく炎を見つめながら、溜息を吐く。
モンスターが去ってからラクシュリの傷の手足をしたが、彼はあれ以来一度も目を覚まさなかった。
待てども待てども彼が目覚める事は無く、沈み始めた日を見つめ、彼を抱えて街へ行く事も一度は考えた。
が、もし途中モンスターに襲われたら…。
そう考えると彼が目を覚ますまで此処を動くのは不可能だと思った。
その為アンジェリカとシーラには申し訳無いが、ラクシュリが起きるまでは此処で野宿することにした。

横で俺のコートを布団変わりに眠るラクシュリは、規則正しい寝息を立てている。
「…人騒がせな奴め」
乱れている髪を掻き乱す様に頭を撫でた。
…ほんの冗談でやったつもりだったのだが、頭を撫でて直ぐ、ラクシュリが薄目を開けて此方を見る。
「…エクサ…?」
掠れた声。だがそれはラクシュリが目を覚ましたと断定するモノだった。
「……すまない。起こしてしまったか」
昏睡してると思っていたが浅い眠りだった様だ。
目頭の隈を思い出し、せっかく眠れていたというのに、と俺は自身を顧みる。
唇を噛み締め今一度ラクシュリの頭を撫でた。但し、今度はがむしゃらに撫で回すのでは無く、上から下へ愛おしむ様に撫でる。
「……っ」
ラクシュリが体を起こそうと上半身を揚げたが、まだ傷が痛むのだろう。小さな呻きを上げ顔をしかめた。
「無理しない方が良い、傷が痛むだろう」
治療-ヒール-は掛けたが、相当深い傷だったみたいだ。
それは俺を庇って出来た傷だと思うと、締め付ける様な胸の痛みを感じる。
それでもラクシュリは呻きながら上半身を無理矢理起こし、膝に掛かった俺のコートを差し出した。
「ごめん、なんか」
「…いや」
コートを受けとり、畳んで直ぐ横に置いた。
ラクシュリは完全に目を覚ましてしまったらしく、俺の隣で燃え盛る日を見つめている。


「……なんで、あんな無茶をしたんだ」
それなら、丁度聞きたい事が合った。
ラクシュリに問い掛ければ、虚空に広がる星空を見上げた彼が抑揚無く答えを弾く。


「言ったじゃないか。僕はキミを死なせない為に此処にいるんだ。
戦えないなら、せめて盾になるしか――」

――ラクシュリが最後まで言い終わる前に、俺は彼の頬を叩いていた。




「……二度とこんな事をするな」
もっと自分を大事にしてくれ、と付け足せば、ラクシュリは曖昧に頷く。
本当に分かったかどうか定かで無いが、とにかくラクシュリを信じるしか無い。頬を叩いてしまった手を引っ込め、その手を見つめた。
「…すまない、叩いてしまって」
「……いや」
赤くなった頬を特に気にする素振りを見せず、ラクシュリは俺を見た。

「それより…僕が見張っててやるから、エクサは眠れよ」
「……ラクシュリが眠った方が良い。まだ傷が癒えてないだろう?」
彼を見つめると、ラクシュリは何故か再び目を逸らした。

俯き、炎に照らされた地面を正視していたラクシュリは不意にぽつりと言葉を紡ぐ。
「…眠れないんだ。ここ数日」
…眠れていないのは一日だけだと思っていたが、俺はとんでもない勘違いをしていたみたいだ。
「……どの位?」
「…一週間、かな」
彼は唇を緩ませ自身を自嘲したが、笑い事じゃない。
――不眠症、という奴なのだろうか。
隈が出来る理由も自然と分かった。具合が悪そうだったのもこれが原因なのだろう。
起こしてしまった事を余計に悪く思う。大人しく寝かせてやれば良かった。

「…だからさ、エクサ。お前が寝とけよ」
不意に俺を見たラクシュリは微笑した。
…疲れきった笑顔。
一週間。いや、ひょっとすればそれ以上眠れていないラクシュリを差し引いて俺が寝るなど出来る筈も無い。
微笑むラクシュリの肩を掴み、力で無理矢理引き寄せた。
頭を優しく撫でながら、子守唄を聞かせる様に彼に囁く。
「俺は眠くない。だからラクシュリが眠るんだ」
「……へい、へい」
呆れ声で了承した彼は、腕の中で重い瞼を閉じた。






「…ラクシュリ……?」

数十分後。
眠れたかどうかを確認しようと声を掛けてみれば、ラクシュリが微かに反応した。
「…まだ起きてるか?」
「…ん」
目を閉じたままだが、意識はまだ有るらしい。
小さく返事した彼の頭を再び優しく撫で下ろせば、心地好い笑顔を浮かべたラクシュリが少しだけ喉を鳴らす。

「もう少し…このままで…」
ラクシュリが俺の胸元にしがみつく。
「…眠れそうな、気がするんだ……」
「……わかった」
瞳を伏せたままのラクシュリの頭を優しく撫でる。



数時間後には、彼の規則正しい寝息が聞こえて来た。



04*エクラの眠り



10-08,20

エクラ=艶・輝き。
エクサと間違えてる訳じゃないよ。


Back→03*折れた翼
Next→05*哀話シノプシス


Back