※ラクシュリ / エクサ視点




真夜中、体中に鈍痛を感じてラクシュリは目を覚ました。
ベッドの横には既に終息した点滴が置かれている。針も何時の間にか抜かれていた。
それを見、少しだけ眠る体制を変えようと腕に力を込めた途端、ぎりりと傷を負った腕が悲鳴を上げる。
「っ…!!」
…痛み止めが切れたらしい。
乱れた呼吸一つで喉の傷が激痛を発し、シーツに血の塊を吐いた。
「はぁ…っ……げほっ…」
尋常を越えた痛みに、体が震え出す。
誰かに助けを求めようにも、身体に麻痺するような痛みが広がっており、顔を上げる事さえ困難だった。
「…エク、サ……」
隣のベッドに寝息を立てる彼が見える。
掠れた声で呼んだが、それでエクサが目覚める筈が無かった。
「ぐっ…!!」
体を支配する痛みに、シーツに赤みが広がっていく。
眠る事さえままならず、痛みの中で僕はずっと唇を噛み締めていた。







翌日、エクサが目を覚ませば、隣で眠っていた筈のラクシュリの様子が明らかに可笑しかった。
鼻を刺す血の臭いに、体を起こしラクシュリに近付く。
「ラクシュリ?」
「……っ」
荒々しい息で呻き声を上げるラクシュリの唇の端から、血が滴っていた。
シーツに付着する血の面積は明らかに昨日より大きくなっている。

尋常じゃない事ぐらい、直ぐにわかった。

「どうした?痛むのか!?」
「……ぅ…ぐっ…」
苦痛に顔を歪める彼にどうして良いか分からずに居れば、部屋の扉が開き、様子を見に来たらしいアンジェリカが現れた。
「アンジェリカ!ラクシュリが傷が痛むみたいなんだ」
直ぐに声を掛けると、走り寄った彼女が机の上のコップと薬を2、3錠掴み上げる。
「ラクシュリ、痛み止めよ」
少しだけ開いた彼の唇に、アンジェリカは錠剤を流し込んだ。
直ぐにコップを唇に当て、水が垂れぬ様慎重に唇の中に水を流し込む。
ラクシュリはそれを飲み込んだらしく、少しだけ具合が良くなった様にも見えた。

「…お医者さんに貰いましたの。即効性みたいだから、直ぐに聞くと思います」
ラクシュリの口に流し込んだ薬について、アンジェリカはそう説明した。
確かに薬は効いているみたいだ。微かに顔色が良くなった彼を見、安堵した。

だがそれも一時。
けたましい音を立て部屋に入って来たのは宿屋の人間だった。

「大変だ!!」

男の焦り顔に、アンジェリカもラクシュリもただ事出はないと睨んだらしい。
「どうかしたんですか?」

アンジェリカの問いに
――男は悲鳴を上げて倒れた。

「…なっ…!!」
倒れた男の後ろには、くつくつと咽を鳴らす奇妙な人間が居た。その手には血の滴るナイフが握られている。


「エクサ様!!これ、昨日のモンスターです!!」
動揺していれば、ロッドを握り締めた彼女が声を上げる。
これが昨日ラクシュリを陥れたモンスター?
人間じゃないかと思ったが、直ぐに昨日のアンジェリカの説明を思い出した。
――このモンスターは人間に寄生する。
そうだ。だからラクシュリも昨日苦戦し、こんな傷になったんじゃないか。


「魔王様の為に死んでもらうぜ…勇者ぁ!!」
飛び掛かって来た人間に身構えた瞬間――。

モンスターの背後から現れたシーラが、男の腕を掴んだ。
「勇者っ!」
騒ぎで目を覚ましたらしいシーラは、男を両手で後ろから押さえ付けた。
正にナイスタイミングだ。
シーラに感謝し、アンジェリカと地面を蹴り上げる。
彼女は傷付いた男に駆け寄り治癒の光を翳した。その合間にエクサは剣に嵌められた宝石に光を込め、言霊を吐く。
「露緘-アピア・シールド-!」
恐らく昨日のラクシュリとアンジェリカもこうしてモンスターを引き出したに違いない。
封じ術により魔物と男の体は分離し、離れたモンスターに向けミラージュを奮った。



「…待て…!!」


だが剣を奮ったと同時に聞こえた警告。

――ラクシュリ…?

何事だと思ったが、彼の言葉より早く振り下ろした剣は、モンスターの体内に平易に刺さった。
魔物から吹き出す緑の体液が、男を抑えていたシーラと俺に降り懸かる。
同時に、体液の掛かった腕から血と痛みが流れ出した。
「な、なんだこれっ?!」
同じくシーラも体液を被った頬と肩から、赤い液体を滴らせる。

「…残念だったなぁ、勇者」
――まさか。
「俺は自らの体に流れる液体を、刺激物に変換する毒を持ち合わせている」
…こいつ。体液の中に刺激物を持っているのか!!
それだけではない。流れる液体全てが刺激物ならば、涙や唾液でさえも危険なのだ。

ラクシュリの警告と夥しい数の怪我の理由がやっと分かった。
恐らくそれを知らなかったラクシュリは、露緘に縛られたモンスターに真っ向から斬り掛かったのだ。
そして刺激物の入り混ざった返り血を浴びた。
顔や肌に、べったりと。


「倒せるものなら倒してみな!!」
高らかに笑ったモンスターはその場を駆け出した。走った先にはレーキに染まったシーツと――。

「――ラクシュリ!!」 

動けぬ怪我を負った‘彼’が居る。
慌てて庇おうとしたが、遅かった。
ラクシュリと衝突したモンスターの姿が消失し、代わりに血に濡れた腕で髪を掻き上げたラクシュリが、笑った。
…次はラクシュリに寄生したのか――!

「やめろ!今ラクシュリは酷い怪我をしているんだ!!」
そんな状態の彼が動き、俺達と戦ったなら。
その体がラクシュリに返された時彼はどうなる――?!

「知ったことか!!」
ラクシュリの剣を縛る鞘の紐を契ったモンスターは、刃を引き抜き、俺達に切り掛かってきた。



03*アパシーの舞




10-08,21


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