※シーラ視点




「よう、低脳野郎」
勇者に戦慄き、彼等から逃げ出したモンスターの前に、シーラは立ち塞がった。
「ひっ…!!」
悲鳴を漏らし、尻餅を着いたモンスターが異物を見る眼で彼女を見る。

「あ、貴女は……魔王…様…っ?!」

…私が魔王と分かるという事。
それはつまり、コピーが送って来た刺客ということを示す。
やっぱりあいつか。
最初から薄々分かっていたが、改めてそれを確認させられると苛立ちが走り、怯えるモンスターの首を締め上げた。

「ぎゃあぁぁああっ!!」
苦しみ悶えるモンスターに、冷酷に、淡々と思い知らせる。

「――お前は、3つの咎を犯した」

その身で犯した罪を。


「1つ。お前はラクシュリを傷付けた」
仲間思いで、本当は優しくて。
鬱陶しい時も有るが何だかんだで良い奴だ。
そんな彼を傷付けた上に、体を利用してアンジェリカとエクサ、そして私に攻撃を仕掛けた。
もしラクシュリに操られていた時の記憶が残っていたとすれば、彼は今日の事をこの先ずっと後悔するだろう。
それがラクシュリという男だ。彼は優しいのだ。

私に攻撃をして来た時、このモンスターは私の顔を見ていなかったのだろう。
馬鹿な奴だ。私の顔を見て引き返せば、命だけは助けてやったのに。


「2つ。お前は勇者に手を出した」
何れ私が殺す事になる男、エクサ。
彼は間違いなく強いが、何に対しても甘いのだ。
今回だって、仲間であるラクシュリが傷付き、その体が乗っ取られた事により勇者の動きは少し鈍っていた。
アンジェリカや私のサポート無しで勝つのは厳しかっただろう。
甘さは時に奈落の落とし穴になるのだ。
しかし勇者はまだそれを知らない。
いや…最高の仲間に恵まれた勇者なら、知らないのもアリなのかもしれない。

それにしても、コピーには勇者に手を出すなとあれ程言ったというのに…。
本当に私を苛立たせる小賢しい奴だ。絶対に殺してやる。


「3つ」
爪の先でモンスターを苦しめる。
こいつの体液が刺激物だと言う事は分かっているから、頭を潰してやれないのが残念だ。
もしこいつが唯のモンスターだったら、間違い無くバラバラにしてやっていた。

「お前は私を怒らせた」

このまま首をへし折って殺してやろうか。
楽に死なせたりはしない。
ラクシュリの痛み。勇者の悲しみ。アンジェリカの辛さ。全てを償って死ね。
「し…しかし……貴女様がっ…勇者を殺せと…!!」
そんな事知った事か。あいつが私の命令を無視して勝手にやった事だ。


私は今とても機嫌が悪いんだ。


刺激物と言うのは、確かに刺傷には強い。だが、同時に最大の爆弾を抱えているのだ。

「なぁ、お前の体。火ぃ付けたらどうなるんだろうなぁ?」

勇者もアンジェリカも気付かなかったみたいだが、こいつの弱点は火だ。
火を付ければこいつの体に流れる刺激物が勝手に反応し、火を強めてくれる。逃げ場など有りはしない。
「お前も知りたいだろう?火を付けられた後の自分の姿」
片手に術で火を出し、ゆっくりと、モンスターに燃え盛る火を近付けた。
「い、いやだぁぁあああ!!!」
今更何を言いやがる。
お前が仕出かした事だろう。
これは裁きの炎だ。お前に裁きが下る時が来たのだ。



――殺すな!!



「…っ」

不意に蘇った勇者の言葉。
例え何が合っても、彼等はモンスターを殺したりしない。勇者の敵は魔王である私だけなのだ。

「……」

今、勇者は此処にいない。
殺したってバレたりしない。
それにこいつはほおっておいたら何をするか分からない――……。

だけど、手を出す事が出来なかった。



手を離し、炎を握り潰す。
モンスターは崩れ落ち、気絶していた。
臆病者め。鼻で笑ったと同時に、拳を握り締める。
…いや。

本当の臆病者は私だ。

こいつが送り込まれて来たのだって、私が逃げたからだ。
コピーと、魔王という権力から逃げた私への裁き。それがこれなのだ。

溢れる涙を拭い、踵を返す。
戻ろう。勇者達のところへ。
ラクシュリの状態が知りたい。アンジェリカに会いたい。勇者に慰めて欲しい。
こんなどうしようもない私を信じてくれた、あの暖かい場所に…。











「シーラ!」

勇者達の所に戻ると、勇者が傍に掛けよってきた。ラクシュリの傍から離れたってことは、治療は終わったみたいだ。
「何処に行ってたんだ?心配したんだぞ」
「……」
言える筈が無い。
あのモンスターを脅してきた、など。
知られたく無いんだ。本当の私を。

勇者の体にしがみつき、何時もの様に頭を擦り付ける。
「…きっと辛くなって少し離れていたのよ。そうよね?シーラちゃん」
倒れているラクシュリの傍に座るアンジェリカの助け舟に、他に良い言い訳も浮かばなかったから小さく頷いた。
エクサはそれを本気で信じ、しがみつく私を抱きしめる。
「大丈夫。ラクシュリの傷は癒えたよ。きっと直ぐに目を覚ます」
「…ホントに?」
「ああ、本当だ」
横目にラクシュリを見る。
確かに顔色は随分良くなっていた。勇者とアンジェリカが二重に回復術を掛けたからだろう。

「……良かった…」
腕の中ではにかむ様な笑顔を浮かべる。ラクシュリが無事でホントに良かった……。

…何故か勇者の抱きしめる力が強くなった気がした。



05*裁きの炎




10-08,21


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